before dawn -inEZO blog-

追悼

忌野清志郎さんが、5/2、亡くなられました。


5/2の深夜23時過ぎ、家でNHKのニュースをつけたまま別の事をしていたのです。
NHKの男性アナウンサーが「『雨上がりの夜空に』や『トランジスタ…」と喋り出したとき、そのキーワードに脊髄反射的な早さで画面を見ると、我が家の小さな14型テレビの画面右下に「忌野清志郎さん死去」の文字。
「えっ…」という自分の声と、手に持っていたものを床に落としてしまったけれど、そのまま動けなかった。
そのニュースが速報で伝えられた事が、テレビ画面の中の状況から感じられた。
「『雨上がりの夜空に』や『トランジスタラジオ』で有名なロック歌手の忌野清志郎さんが2日午前亡くなられました。」
嘘でしょ?


夢かもしれないと思ったり、誤報かもしれないと願ったり、聞き間違ったかも、見間違ったかも、と何度も繰り返し祈ったけれど、悲しくも現実だった。
悲しい?
違うかもしれない。

あたしは忌野清志郎のファンではない。
こう書くと誤解を受けそうだけれど、ファンと名乗るには烏滸がましいくらいにしか清志郎さんの事を知らないと思うのです。
2000年、初めて参加したライジングサンでラフィータフィーとして出演していた忌野清志郎のステージ。
最後、「君が代」を歌い叫びながら頭へムースを塗ったくっていたパフォーマンス。今でも思い出せる。
10代で疎かったあたしには、衝撃と同時に理解し難いような印象を持った事を覚えています。
今、あの時のステージの前に立ったらもっと違う見方が出来ただろうなという後悔に似た気持ち。
2002年には、LOVE JETS名義での出演の時は見れなかった。
2005年、忌野清志郎としての出演の他に、フィッシュマンズのステージで「MELODY」と最後に全員で「いかれたBaby」を歌っていた。素晴らしいステージで、「いかれたBaby」で涙した事を思い出します。
その日はずっと雨が降っていたのにフィッシュマンズのステージが始まるとやんで、キレイな夕焼け空になったんだ。もちろん、清志郎さんがステージに上がった時も。
オレンジの「I'm Fish」Tシャツを着ていた清志郎さん。
このFishmansのステージが、あたしにとっての忌野清志郎さんを生で見た最後。
2006年、2008年と出演発表後に健康上の理由で出演キャンセルとなってしまった。
あたしは2000年と2005年の2回しか清志郎さんのステージを見ていない。
もっと見たかったな、と思う。
いや、間違いなく病気なんて完治して帰って来るものだと信じて疑わなかった。




残念とか、もったいないとか、そういうありきたりな言葉じゃなくて。
日本の音楽にとっての“北極星”が空から消えてしまったような気がします。
違うか。
清志郎さんは“北極星”のように存在し続けるのだな。



今回の訃報。
あたしは触れるべきか触れないべきか考えました。
けれども、音楽を愛しライジングサンロックフェスティバルを愛するものとして、過去何度もライジングサンで素晴らしいライブパフォーマンスを披露してくれた忌野清志郎さんの死を触れずに、何事も無かったかのように別の話題を書き綴ることなんて出来ないと思ったので、稚拙ながら書かせて頂きました。
9日に行われた告別式では、会場内にライジングサンのお客さん有志で贈った千羽鶴が飾られていたそうです。(こちら)


清志郎さん。
どうか、鳴り止まない音楽でそちらの世界とこちらの世界を魅了し続けて下さい。
安らかに。
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by 1024hpa | 2009-05-10 23:20 | 音楽の話

RISING SUN ROCK FESTIVALが大好きで仕方ないのだ。
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